相続対策とは?家族が困らないために今からできる準備をFPが解説

「相続対策」と聞くと、相続税を減らすための節税対策を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、実際の相続で家族が困りやすいのは、税金だけではありません。

自宅を誰が引き継ぐのか、預貯金をどのように分けるのか、相続税や不動産の維持費を誰が負担するのか。こうした問題を整理しないまま相続が発生すると、家族関係が良好であっても話し合いが難航することがあります。

特に注意したいのが、財産の多くを不動産が占めている家庭です。不動産は預貯金のように簡単には分けられません。「住み続けたい人」「売却したい人」「思い出のある家を残したい人」で意見が分かれると、遺産分割が進まなくなる可能性があります。

そのため、相続対策では節税より先に、次の3点を考えることが大切です。

  • 家族が納得できるように財産を分けられるか
  • 相続税や代償金を支払う現金を用意できるか
  • 家族が迷わず手続きを進められるか

この記事では、相続対策とは何か、何から始めればよいのか、相続税がかからない家庭にも準備が必要な理由を、独立系FPの視点から分かりやすく解説します。

目次

相続対策とは「家族が困らず財産を引き継ぐための準備」

相続対策とは、単に相続税を減らすことではありません。財産や負債の内容を整理し、誰に何を引き継いでもらうかを考え、必要な手続きや資金を準備しておくことです。

たとえば、親の財産が自宅4,000万円、預貯金1,000万円で、相続人が子ども2人だったとします。

一人が自宅を引き継ぎ、もう一人が預貯金を受け取ると、取得する財産の価値に大きな差が生じます。自宅を引き継ぐ人がもう一人に差額分の「代償金」を支払えば調整できますが、十分な現金を用意できるとは限りません。

また、自宅を取得した人には、固定資産税、修繕費、管理費などの負担も残ります。相続税がかかる場合には、納税用の現金も必要です。「多くの財産を相続したように見えるのに、自由に使えるお金がない」という事態も起こり得ます。

相続対策では、財産の評価額を均等に近づけるだけでなく、相続後の支払い能力や維持負担まで考える必要があります。

なお、不動産の市場価格と相続税評価額は必ずしも一致しません。相続税も、各人が取得した財産に税率を単純に掛けて計算する仕組みではないため、具体的な税額は税理士に確認するのが確実です。

相続対策は相続税がかかる人だけのものではない

「自分の家には、それほど多くの財産がないから相続対策は必要ない」と考える人もいます。しかし、相続税がかからなくても、相続手続きそのものがなくなるわけではありません。

相続が発生すると、状況に応じて次のような手続きが必要になります。

  • 相続人の確認
  • 遺言書の有無の確認
  • 預貯金や有価証券の名義変更・解約
  • 不動産の相続登記
  • 生命保険金の請求
  • 遺産分割協議書の作成
  • 借入金や未払金の確認
  • 所得税の準確定申告
  • 相続税の申告と納付

財産が自宅と少額の預貯金だけであっても、相続人が複数いれば、誰が自宅を引き継ぐか決めなければなりません。税金がかからないことと、遺産を問題なく分けられることは別の話です。

むしろ、自宅以外の財産が少ない家庭ほど、公平に分けることが難しくなる場合があります。相続対策は資産家だけのものではなく、財産を家族へ引き継ぐすべての家庭に関係する準備です。

相続対策が必要になりやすい家庭

相続対策の必要性は、財産額だけでは判断できません。次のような事情がある家庭では、比較的早い段階から準備を始めたほうがよいでしょう。

  • 自宅、土地、賃貸物件などの不動産がある
  • 財産の多くを不動産が占め、預貯金が少ない
  • 相続人が複数いる
  • 再婚しており、前の配偶者との間にも子どもがいる
  • 子どものいない夫婦である
  • 特定の家族に自宅や事業を引き継いでもらいたい
  • 家族の一人が介護や同居を担っている
  • 借入金や保証債務がある
  • ネット銀行やネット証券など、見つけにくい財産がある
  • 家族同士の交流が少ない、または意見が合わない

こうした事情があっても、必ず相続トラブルになるわけではありません。ただし、話し合わなければ決められないことが多いため、本人が元気で判断能力のあるうちに希望を整理しておくことが大切です。

相続対策で最初に考える3つの目的

相続対策は、「遺産分割対策」「納税資金対策」「節税対策」の3つに分けると整理しやすくなります。

対策解決したい問題主な方法
遺産分割対策誰が何を受け取るか決まらない遺言書、財産構成の調整、代償分割
納税資金対策税金や代償金を払う現金がない預貯金、生命保険、計画的な売却
節税対策相続税の負担が大きい生前贈与、各種特例、財産構成の見直し

大切なのは、この3つを同時に考えながらも、優先順位を間違えないことです。基本的には「分け方を考える」「必要な現金を準備する」「そのうえで節税を検討する」という順番が適しています。

1.遺産分割対策|誰が何を受け取るか

相続で意見が分かれやすいのは、「誰が、どの財産を、どのくらい受け取るか」という問題です。

財産がすべて預貯金であれば、一定の割合で分けることは比較的容易です。しかし、自宅、賃貸物件、自社株、事業用資産などは、単純に人数で分けることができません。

不動産を相続人全員の共有名義にすれば、形式上は公平に見えます。しかし、将来売却するときや建て替えるとき、賃貸物件として活用するときには、原則として共有者間の合意が必要になります。共有者が亡くなってさらに相続が発生すると、権利関係がより複雑になる可能性もあります。

遺産分割対策では、法定相続分だけを基準にするのではなく、次の点を確認します。

  • その不動産を実際に使う人はいるか
  • 誰が管理費や修繕費を負担するか
  • 不動産を取得しない人に何を残すか
  • 代償金を支払う場合、資金を用意できるか
  • 将来的な売却について家族の認識が一致しているか

財産額を機械的に同じにすることが、必ずしも家族全員の納得につながるとは限りません。本人の希望、これまでの介護や同居の状況、相続後の負担なども含めて考える必要があります。

2.納税資金対策|税金や代償金を払う現金を確保する

相続税は、原則として金銭で納付します。申告と納付の期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。

財産の大半が不動産であっても、相続税を不動産そのもので簡単に支払えるわけではありません。納税用の預貯金が不足すれば、不動産や有価証券を売却して現金を用意することになります。

しかし、相続発生後の限られた期間で売却を急ぐと、家族が納得できる条件で売れない可能性があります。相場が下落している時期に株式や投資信託を売らざるを得ないことも考えられます。

また、現金が必要になるのは相続税がかかる家庭だけではありません。葬儀費用、当面の生活費、不動産の維持費、専門家への報酬、他の相続人へ支払う代償金なども必要です。

納税資金対策では、税額の概算だけでなく、「相続発生後、いつまでに、いくらの現金が必要になるか」を確認します。預貯金、換金しやすい金融資産、生命保険などを組み合わせて準備しておくと、家族が資産を慌てて売却するリスクを抑えられます。

3.節税対策|分割と納税の見通しを立ててから考える

相続税がかかる可能性がある家庭では、節税対策も選択肢になります。ただし、税額を減らすことだけを優先すると、相続人にとって扱いにくい財産を残してしまうことがあります。

代表的な失敗は、相続税評価額を下げることを目的として、十分に検討せず不動産を購入するケースです。税負担を抑えられたとしても、その不動産に空室や修繕、借入金、売却の難しさといった問題があれば、相続後の負担が大きくなります。

生前贈与についても同様です。贈与を進めすぎて本人の老後資金や介護資金が不足すれば、本来の生活を守れません。節税効果だけでなく、贈与を受ける人の管理能力や家族間の公平感も考える必要があります。

相続対策の成功は、税金が最も少なくなったかどうかだけでは決まりません。家族が財産を引き継ぎやすく、必要な支払いができ、相続後も無理なく管理できることが重要です。

相続対策は何から始める?7つの手順

相続対策には遺言書、生前贈与、生命保険などさまざまな方法があります。しかし、最初から具体的な手段を選ぶのではなく、現在の状況を整理することから始めます。

手順1.法定相続人と家族関係を確認する

最初に確認したいのは、現在の家族構成です。配偶者、子ども、父母、兄弟姉妹など、誰が法定相続人になる可能性があるのかを整理します。

特に、再婚家庭、養子がいる家庭、前の配偶者との間に子どもがいる家庭、子どものいない夫婦では、本人が想定していた人と実際の法定相続人が異なる場合があります。

法定相続人の確認は、遺産の分け方だけでなく、相続税の基礎控除額や生命保険金の非課税限度額にも関係します。

手順2.財産と負債を棚卸しする

次に、どのような財産と負債があるのかを一覧にします。最初から正確な評価額を計算する必要はありません。まずは「何が、どこにあるか」を把握することが優先です。

手順3.相続税がかかる可能性を概算する

財産の概要が分かったら、相続税の基礎控除額と比べます。ただし、基礎控除を超えたからといって、必ず納税が発生するとは限りません。反対に、特例を使って税額がゼロになる場合でも、申告が必要になることがあります。

手順4.分けにくい財産と必要な現金を確認する

自宅、土地、賃貸物件、自社株など、分けにくい財産を抽出します。そのうえで、誰が引き継ぐ可能性があるか、納税や代償金に使える現金があるかを確認します。

手順5.本人と家族の希望を整理する

本人が残したい財産でも、子どもが引き継ぎたいとは限りません。親は自宅を残したいと考えていても、子どもは遠方で暮らしており、売却を希望している場合があります。

本人の希望だけで決めず、可能な範囲で家族の意向も確認することが大切です。

手順6.遺言書・保険・贈与などの方法を選ぶ

現状と希望を整理してから、遺言書、生命保険、生前贈与、不動産の売却など、目的に合った方法を検討します。対策手段から先に決めると、必要のない商品や不動産を購入してしまう可能性があります。

手順7.家族状況や制度の変化に合わせて見直す

相続対策は、一度行えば終わりではありません。財産額、家族構成、健康状態、住まい、法律や税制は変化します。

退職、配偶者の死亡、不動産の売却、孫の誕生、介護の開始など、大きな変化があったときには、財産一覧や遺言書の内容を見直しましょう。

相続税がかかるか確認する方法

相続税がかかる可能性を知るためには、まず基礎控除額を計算します。相続財産の正味の金額が基礎控除額以下であれば、原則として相続税はかかりません。

相続税の基礎控除額

相続税の基礎控除額は、次の式で計算します。

3,000万円+600万円×法定相続人の数

たとえば、法定相続人が配偶者と子ども2人の合計3人であれば、基礎控除額は次のとおりです。

3,000万円+600万円×3人=4,800万円

正味の遺産額が4,800万円を超える場合は、相続税の申告や納税が必要になる可能性があります。

ただし、法定相続人に含められる養子の人数には、相続税を計算するうえで一定の制限があります。また、相続放棄をした人がいる場合の数え方にも税法上のルールがあるため、家族構成が複雑な場合は専門家への確認が必要です。

財産総額だけでは相続税を判断できない

相続税の対象になる金額は、預貯金や不動産の合計額だけで決まるわけではありません。生命保険金などのみなし相続財産、一定期間内の生前贈与を加える一方で、借入金、未払金、葬式費用などを差し引いて計算します。

不動産についても、一般的な売却価格をそのまま使うとは限りません。土地や建物には相続税上の評価方法があり、自宅の土地などには、一定の要件を満たすと「小規模宅地等の特例」が使える場合があります。

配偶者が財産を取得した場合には、配偶者の税額軽減によって納税額が抑えられるケースもあります。ただし、これらの特例によって納税額がゼロになる場合でも、適用を受けるために相続税申告が必要になることがあります。

「基礎控除を少し超えているが、特例を使えば税金はかからないだろう」と自己判断して申告を省略しないよう注意しましょう。

相続税の申告と納付は原則10か月以内

相続税の申告と納付の期限は、原則として、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。

遺産分割協議がまとまっていなくても、申告期限が自動的に延長されるわけではありません。財産の調査や不動産の評価には時間がかかるため、相続が発生してから準備を始めると、家族に大きな負担がかかります。

生前に財産一覧を作り、利用している金融機関や保険会社、不動産の所在を分かるようにしておくだけでも、相続手続きは進めやすくなります。

相続対策の土台になる財産の棚卸し

相続対策で最初に取り組みたい実務が、財産と負債の棚卸しです。財産の全体像が分からなければ、分け方、納税資金、相続税対策のいずれも適切に判断できません。

財産一覧は、専門的な書類でなくても構いません。表計算ソフトやノートを使い、財産の種類、金融機関名、支店名、名義、概算額、関係書類の保管場所をまとめます。

一覧にしたいプラスの財産

主な財産として、次のようなものがあります。

  • 普通預金、定期預金、外貨預金
  • 株式、投資信託、債券
  • 自宅、土地、賃貸不動産
  • 生命保険、個人年金保険
  • 勤務先から支給される死亡退職金
  • 車、貴金属、美術品
  • 貸付金、未収金
  • 暗号資産、電子マネー、換金性のあるポイント

生命保険については、保険会社名だけでなく、契約者、被保険者、受取人も確認します。この3者の組み合わせによって、死亡保険金に相続税、所得税、贈与税のどれがかかるかが変わるためです。

借入金・保証債務などのマイナスの財産

相続では、預貯金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借入金などのマイナスの財産も引き継ぐ可能性があります。

確認したいものには、次のような項目があります。

  • 住宅ローンや不動産投資ローン
  • カードローンや事業用借入金
  • 未払いの税金、医療費、家賃
  • 個人間の借入金
  • 他人の借入れに対する保証債務
  • 賃貸不動産の敷金返還債務

住宅ローンに団体信用生命保険が付いている場合、死亡時に残債が返済されることがあります。ただし、すべての借入金が自動的になくなるわけではないため、契約内容を確認しておきましょう。

ネット銀行・ネット証券などのデジタル資産

近年は、通帳や郵送物が発行されない金融サービスが増えています。家族が利用の事実を知らなければ、ネット銀行、ネット証券、暗号資産などを発見できない可能性があります。

ただし、IDやパスワードを誰でも見られる紙に書いておくのは安全とはいえません。まずは、利用しているサービス名、問い合わせ先、確認に必要な書類の所在を一覧にします。パスワードの管理方法は別に考え、財産一覧と認証情報を同じ場所に放置しないことが大切です。

財産一覧には金額だけでなく保管先と連絡先も残す

財産一覧の目的は、正確な資産額を毎日把握することではなく、相続が発生したときに家族が財産を見つけられるようにすることです。

少なくとも、次の項目を整理しておきましょう。

  • 財産や負債の種類
  • 金融機関、保険会社、借入先
  • 口座や契約を確認できる情報
  • おおよその残高や評価額
  • 通帳、証券、契約書の保管場所
  • 問い合わせ先
  • 遺言書の有無と保管場所

預金残高や投資信託の評価額は変動するため、常に正確でなくても構いません。年に1回程度、または大きな資産移動があったときに更新するだけでも役立ちます。

借金が疑われる場合は相続放棄の3か月に注意する

負債が財産を上回る可能性がある場合には、相続放棄や限定承認を検討することがあります。

相続放棄は、原則として、自分のために相続が始まったことを知ったときから3か月以内に家庭裁判所へ申し立てる必要があります。何もしなければ借金を含めて相続したと扱われる可能性があるため、財産調査を先延ばしにするのは危険です。

また、相続財産を売却したり自分のために使ったりすると、相続を承認したと判断され、相続放棄が難しくなることがあります。限定承認は相続人全員で行う必要があるなど手続きが複雑です。

借入金や保証債務の存在が疑われる場合には、安易に財産を処分せず、早めに弁護士などの専門家や家庭裁判所へ確認することが大切です。

遺言書で財産の分け方を明確にする

財産と負債の全体像を整理したら、誰に何を引き継いでもらうかを考えます。その希望を法的な形で残す方法が遺言書です。

遺言書がない場合、相続人全員による遺産分割協議が必要になります。家族関係が良好でも、自宅やお金が関係すると意見が分かれることは珍しくありません。それぞれに生活事情があり、相続に対する期待も異なるからです。

遺言書があれば、誰にどの財産を相続させるのかを明確にできます。相続人の話し合いにかかる負担を軽減し、本人の希望に沿った財産承継を実現しやすくなります。

遺言書が役立ちやすい家庭

特に遺言書の必要性が高いのは、次のような家庭です。

  • 自宅や賃貸物件など、分けにくい財産がある
  • 相続人が複数いる
  • 子どものいない夫婦である
  • 再婚しており、前の配偶者との間にも子どもがいる
  • 介護や同居を担った家族に多めに残したい
  • 相続人以外の人や団体に財産を渡したい
  • 家業や不動産を特定の人に引き継いでもらいたい
  • 相続人同士の関係に不安がある

たとえば、子どものいない夫婦では、配偶者だけでなく、亡くなった人の父母や兄弟姉妹が相続人になる場合があります。「夫婦の財産は当然すべて配偶者に渡る」と思っていても、家族構成によっては希望どおりにならない可能性があるため、事前の確認が欠かせません。

自筆証書遺言と公正証書遺言の違い

一般的に利用される遺言書には、自筆証書遺言と公正証書遺言があります。

項目自筆証書遺言公正証書遺言
作成方法本人が原則として本文を自書する公証人が本人の意思を確認して作成する
費用比較的少ない財産額などに応じて手数料がかかる
保管自宅または法務局原本を公証役場で保管
主な注意点形式不備、紛失、改ざん、発見されない可能性証人2人が必要で、作成に準備がかかる
家庭裁判所の検認自宅保管の場合は原則必要不要

自筆証書遺言は手軽に作成できますが、日付や署名、押印などの形式を間違えると無効になる可能性があります。また、家族が遺言書の存在を知らなければ、発見されないまま遺産分割が進むことも考えられます。

自筆証書遺言を法務局に預ける「自筆証書遺言書保管制度」を利用すると、紛失や改ざんのリスクを抑えられ、相続発生後の家庭裁判所による検認も不要になります。ただし、法務局では遺言内容が本人の希望や家族関係に適しているかまでは判断してもらえません。

財産構成や家族関係が複雑な場合は、公正証書遺言を利用したり、弁護士などに内容を確認してもらったりする方法も検討できます。

遺留分を無視した遺言は対立を招くことがある

遺言書があれば、どのような分け方でも問題がなくなるわけではありません。兄弟姉妹以外の一定の法定相続人には、最低限の遺産取得を保障する「遺留分」があります。

たとえば、「全財産を長男に相続させる」という遺言を残した場合、配偶者や他の子どもから遺留分に相当する金銭を請求される可能性があります。遺言書自体が直ちに無効になるわけではありませんが、長男が支払う現金を持っていなければ、新たな問題になります。

特定の人に多くの財産を残す事情がある場合は、その理由を家族へ説明し、遺留分を支払うための現金も含めて準備する必要があります。遺言書に法的な効力のない「付言事項」として本人の思いを記載する方法もありますが、事前の話し合いに代わるものではありません。

また、遺言書を作ったあとに不動産を売却したり、家族構成が変わったりすることもあります。数年ごとや大きな変化があったときに、内容が現在の状況に合っているか見直しましょう。

生前贈与を相続対策に使うときの注意点

生前贈与とは、本人が生きているうちに財産を家族などへ渡すことです。財産を早めに次の世代へ移せることに加え、贈与したお金を教育費や住宅取得などに活用してもらえる利点があります。

一方で、「毎年110万円までなら無条件で相続税対策になる」と考えるのは適切ではありません。贈与税の制度、相続までの期間、本人の生活資金、家族間の公平感を含めて判断する必要があります。

生前贈与は節税だけを目的にしない

生前贈与で最も避けたいのは、本人の老後資金まで渡してしまうことです。介護費や医療費、住宅の修繕費が必要になったとき、贈与した財産を必ず返してもらえるとは限りません。

贈与を始める前に、まず本人が今後の生活に必要とする資金を確保します。そのうえで、当面使う予定のない余裕資金から検討するのが基本です。

また、親が子ども名義の口座へお金を移しても、通帳や印鑑を親が管理し、子どもが贈与を認識していなければ、実質的には親の財産と判断される可能性があります。贈与契約書を作成し、受贈者本人が財産を管理するなど、贈与の事実を説明できるようにしておくことが大切です。

暦年課税の加算期間は段階的に7年へ延長

暦年課税には、贈与を受ける人一人につき年間110万円の基礎控除があります。ただし、一定の人が相続開始前の加算対象期間内に被相続人から受けた贈与は、相続税の計算上、相続財産に加算されることがあります。

2024年1月1日以後の暦年課税による贈与については、加算対象期間が従来の3年から段階的に7年へ延長されます。ただし、制度開始直後から一律に過去7年分が加算されるわけではありません。また、延長された期間に行われた贈与については、総額100万円まで加算されない仕組みがあります。

そのため、「年間110万円以下なら必ず相続財産から外せる」「亡くなる直前にまとめて贈与すればよい」とは限りません。贈与の時期、相手、目的、金額を記録し、計画的に進める必要があります。

相続時精算課税との違いを確認する

贈与税には暦年課税のほかに、相続時精算課税があります。2024年以後の相続時精算課税には、年110万円の基礎控除が設けられています。

ただし、相続時精算課税を一度選択すると、同じ贈与者からの贈与について暦年課税へ戻すことはできません。基礎控除を超えた贈与財産は、原則として贈与時の価額をもとに将来の相続税計算へ反映されます。

どちらが有利かは、財産額、贈与する資産の種類、将来の値上がり、相続までの期間などによって変わります。年間110万円という数字だけで制度を選ばず、まとまった贈与を行う前に税理士へ確認したほうが安心です。

生命保険で納税資金や代償金を準備する

生命保険は、相続発生後に現金を用意する方法の一つです。受取人をあらかじめ指定でき、所定の手続きを行えば、遺産分割協議の成立前でも死亡保険金を受け取れるのが一般的です。

受け取った保険金は、葬儀費用、当面の生活費、相続税、他の相続人へ支払う代償金などに充てられます。不動産が多く、預貯金が少ない家庭では特に検討しやすい方法です。

死亡保険金の非課税限度額

被相続人が保険料を負担していた生命保険の死亡保険金を相続人が受け取る場合、相続税には次の非課税限度額があります。

500万円×法定相続人の数

法定相続人が3人なら、非課税限度額は1,500万円です。ただし、相続人以外の人が受け取った死亡保険金には、この非課税枠は原則として適用されません。

また、生命保険にかかる税金は、保険料を負担した人、被保険者、受取人の組み合わせによって、相続税、所得税、贈与税のいずれかに変わります。契約内容を確認せず、「生命保険ならすべて相続税の非課税枠を使える」と考えないようにしましょう。

生命保険が向いているケースと向いていないケース

生命保険は、次のような家庭で活用しやすいと考えられます。

  • 相続財産に占める不動産の割合が高い
  • 特定の相続人へ現金を残したい
  • 相続税や代償金の支払いが見込まれる
  • 預貯金の一部について使い道を明確にしたい
  • 葬儀費用や当面の生活費を早めに確保したい

一方で、高齢になってからの加入では、健康状態によって契約できなかったり、保険料に対して十分な保険金を確保しにくかったりする場合があります。途中で解約すると、受け取る金額が支払った保険料を下回る商品もあります。

生命保険を使うこと自体を目的にせず、手元資金の流動性、本人の生活費、保険料の負担、相続人間の公平性を確認して判断することが大切です。

不動産の相続対策で確認したいこと

不動産は相続で問題になりやすい財産の一つです。分けにくいだけでなく、売却までに時間がかかり、取得後も税金や管理費が発生します。

相続が発生する前に、少なくとも次の点を家族で確認しておきましょう。

  • 誰が利用するのか
  • 誰が管理するのか
  • 維持費を負担できるか
  • 売却する可能性があるか
  • 共有名義にせず引き継げるか
  • 相続税や代償金を払う現金があるか

安易な共有名義を避けたほうがよい理由

不動産を兄弟で2分の1ずつ共有すれば、公平に分けたように見えます。しかし、共有不動産全体の売却や大規模な変更には共有者間の合意が必要になります。

一人は売りたいのに、もう一人は残したいという状況になれば、不動産を自由に処分できません。さらに、共有者が亡くなると、その持分が配偶者や子どもへ相続され、関係者が増えることがあります。

共有がすべて不適切というわけではありませんが、将来の利用方法や売却方針まで話し合わず、「とりあえず均等にする」という理由だけで共有を選ぶのは慎重に考える必要があります。

不動産を相続する人に負担が偏る問題

不動産を取得した人は、価値の高い財産を受け取る一方で、相続税、代償金、固定資産税、修繕費などを負担する可能性があります。

たとえば、長男が自宅、次男が預貯金を取得する場合、長男に十分な収入や金融資産がなければ、次男へ代償金を支払えません。納税資金も不足すれば、自宅を残したいという本人の希望を実現できない可能性があります。

対策としては、不動産を相続する人に一定の預貯金や金融資産も残す、生命保険金の受取人に指定する、代償金を無理なく支払える範囲にするなどの方法があります。必要に応じて、生前に不動産を売却して現金化することも選択肢です。

相続登記は原則3年以内

2024年4月1日から、相続登記が義務化されています。不動産を相続によって取得したことを知った日から、原則として3年以内に相続登記を申請しなければなりません。

正当な理由なく申請を怠った場合は、10万円以下の過料の対象になる可能性があります。2024年4月1日より前に発生した相続で、名義変更されていない不動産も義務化の対象です。この場合は、原則として2027年3月31日までの申請が必要になります。

遺産分割が期限内にまとまらない場合に利用できる「相続人申告登記」という制度もあります。ただし、相続人申告登記を行えば、その後の正式な相続登記がすべて不要になるわけではありません。不動産の権利関係が複雑な場合は、司法書士や法務局に確認しましょう。

FP相談の現場で想定される相続事例

母親が一人で暮らす自宅と預貯金を所有し、相続人となる長男と次男がいる家庭を考えてみましょう。

長男は母親の近くに住み、通院や日常生活を支援しています。将来は自宅を引き継ぎたいと考えています。一方、遠方に住む次男は自宅を利用する予定がなく、公平に現金を受け取りたいと希望しています。

この家庭で自宅を長男、預貯金を次男に渡すだけでは、財産価値に大きな差が生じる可能性があります。しかし、母親が公平にしようとして預貯金をすべて次男へ残すと、今度は長男に固定資産税、修繕費、相続税などを支払う現金が残りません。

対策を考えるときは、次の順序で整理します。

  1. 自宅の市場価格と相続税評価額を確認する
  2. 母親自身の老後・介護資金を確保する
  3. 長男が自宅を維持できるか確認する
  4. 次男にどの程度の財産を残せば納得が得られるか話し合う
  5. 預貯金、生命保険、遺言書を組み合わせる
  6. 相続税と代償金の概算を専門家に確認する

相続では、数字を完全に均等にすることと、家族が納得できる公平な分け方が一致するとは限りません。介護や同居の負担、相続後に発生する費用も含めて話し合うことが重要です。

相続対策で初心者が陥りやすい失敗

相続対策では、特定の手段を急いで実行するより、目的と家族への影響を確認する必要があります。

節税目的で管理しにくい不動産を増やす

不動産の購入によって相続税評価額を抑えられる場合がありますが、借入金、空室、修繕、災害、売却の難しさなどのリスクが残ります。税額だけでなく、相続人が管理できる物件かどうかを確認しなければなりません。

年110万円以内なら何も確認せず贈与してよいと考える

年間110万円以内でも、贈与が成立していないと判断されたり、相続税の計算上加算されたりする可能性があります。贈与者と受贈者の意思、財産の管理、記録を残すことが大切です。

本人の生活資金まで贈与してしまう

将来の相続税を減らすために贈与を進めても、本人の介護費や医療費が不足しては本末転倒です。相続対策より、本人の生活と希望を優先します。

家族に何も伝えず書類だけ作る

遺言書を作成しても、家族がその背景を知らなければ、不公平感が残る可能性があります。すべての財産額を公開する必要はありませんが、分け方の考えや不動産をどうしてほしいかは、可能な範囲で共有しておきましょう。

一度作った対策を見直さない

遺言書を作成したあとに、記載した財産を売却したり、受取人が先に亡くなったりすることもあります。家族構成や財産内容が変わったときは、対策全体を見直す必要があります。

家族とは何を話し合っておけばよい?

相続の話は「縁起でもない」と避けられがちです。しかし、何も伝えないまま相続が発生すると、残された家族が本人の希望を推測しながら判断しなければなりません。

最初から財産額をすべて開示する必要はありません。まずは、次のような基本事項から共有すると話しやすくなります。

  • どのような財産と負債があるか
  • 通帳、保険証券、契約書の保管場所
  • 遺言書の有無と保管場所
  • 自宅や賃貸不動産をどうしてほしいか
  • 介護や同居についての考え
  • 葬儀、お墓、納骨についての希望
  • 緊急時に連絡してほしい専門家や金融機関

相続対策は、親が子どもへ一方的に指示するためのものではありません。子どもが不動産を引き継げるか、管理を負担に感じないかといった事情も確認する必要があります。

家族だけでは感情的になってしまう場合は、FP、税理士、弁護士、司法書士などの第三者を交え、事実と希望を分けて整理する方法もあります。

相続対策は誰に相談する?

相続対策には、税金、法律、登記、保険、不動産、家計など、複数の分野が関係します。相談内容によって適した専門家が異なります。

  • 相続税の試算、申告、贈与税、税務上の特例:税理士
  • 遺産分割の対立、遺留分、法的な交渉:弁護士
  • 不動産の相続登記:司法書士
  • 家計、老後資金、生命保険、納税資金の整理:FP
  • 不動産の査定や売却:不動産会社
  • 不動産の専門的な評価:不動産鑑定士

FPは、家計やライフプランを踏まえて財産構成を整理し、どの問題をどの専門家へ相談すべきか整理する役割を担えます。ただし、税務申告、法律事務、登記申請などは、それぞれの資格を持つ専門家へ依頼する必要があります。

特に、相続税の基礎控除を超えそうな場合、家族関係が複雑な場合、多額の生前贈与を検討している場合、借金や保証債務がある場合は、自己判断で進めず早めに専門家へ相談しましょう。

まとめ|相続対策は節税より先に「分け方」と「現金」を考える

相続対策は、財産の多い家庭や相続税がかかる家庭だけのものではありません。相続税がかからなくても、遺産分割、預貯金の手続き、不動産の相続登記などは必要です。

相続対策を考えるときは、まず財産と負債を棚卸しし、誰が何を引き継ぐのかを整理します。次に、相続税、代償金、葬儀費用などに必要な現金を確認し、そのうえで節税対策を検討するのが基本です。

遺言書、生前贈与、生命保険、不動産の整理には、それぞれメリットと注意点があります。どれか一つを行えば解決するわけではなく、家族構成、財産内容、本人の老後資金、相続人の希望を踏まえて組み合わせる必要があります。

相続対策で特に意識したいポイントは、次のとおりです。

  • 相続税がかからない家庭にも相続対策は必要
  • 財産だけでなく借入金や保証債務も確認する
  • 遺産分割、納税資金、節税の順番で考える
  • 不動産は取得後の維持費や代償金まで確認する
  • 生前贈与をしても本人の生活資金は十分に残す
  • 遺言書は遺留分や現金の準備も含めて作成する
  • 家族へ財産の所在と本人の希望を伝える
  • 家族や財産の変化に合わせて定期的に見直す

相続対策の目的は、財産をできるだけ多く残すことだけではありません。本人が安心して生活を続けながら、残された家族が迷わず、無理なく財産を引き継げる状態をつくることです。できるところから少しずつ情報を整理し、必要に応じて専門家の力を借りながら準備を進めましょう。

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